スクラムは、複雑性に対処しつつ価値を提供するための枠組みです。ただし、「価値」とは何か — そしてそれをどう検査し、適応していくか — は、文脈によって大きく変わります。
見落とされがちな視点として、「成長戦略 (Growth Strategy)」があります。すなわち、組織がどうやって市場での採用を拡大し、存在感を広げていくかという考え方です。
この記事では、代表的な 3 つの成長戦略 — Product-Led (製品主導型)、Marketing-Led (マーケティング主導型)、Sales-Led (営業主導型) — が、実際のスクラム運用にどう影響するかを見ていきます。枠組みそのものは変わらないのですが、「価値の証拠 (evidence of value)」、「ステークホルダー」「フィードバックループ」が、それぞれの戦略によって変わることがよくあります。
3つの成長戦略
プロダクト・レッド・グロース (Product-Led Growth, PLG)
成長は主にプロダクト自体によって推進されます。ユーザーはその使いやすさ、拡散性のある機能、そして即時の価値によって採用し、継続し、広めていきます。
例: Claude Code、Slack、Zoom、Notion、Figma
典型的な成長戦術: フリーミアム提供、迅速なオンボーディング、プロダクト内アナリティクス、バイラリティ
マーケティング・レッド・グロース (Marketing-Led Growth, MLG)
成長は認知度、キャンペーン、ブランドによって推進されます。たとえプロダクトが優れていても、強力なマーケティングがなければ普及は停滞します。
例: Coca-Cola、Nike
典型的な成長戦術: 広告、ブランド構築、スポーツのスポンサーシップ・エンドースメント
セールス・レッド・グロース (Sales-Led Growth, SLG)
成長は伝統的な営業活動によって推進されます。人間関係、調達プロセス、交渉が中心です。
例: Oracle、SAP、ServiceNow、Palantir
典型的な成長戦術: 営業活動、デモ、RFP 対応、長期的なアカウントマネジメント
実際には、多くの組織がこの 3 つの戦略を “混ぜて使う” ことが多いです。ただし、その中でもどの戦略を主軸に据えるかで、スクラムチームの日々のやり方は変わってきます。
各成長戦略ごとに「スクラムの感じ方」はどう変わるか
以下は、各戦略を採用する文脈で「スクラムがどう機能するか(あるいは感じられるか)」の違いをまとめたものです。
PLG の文脈でのスクラムの特徴
- 実際のエンドユーザーとの頻繁なインタラクション、製品利用データが重視される
- スプリントレビューでは、採用率、継続率、エンゲージメント指標、「顧客の声 (Voice of the Customer)」などに焦点が当たる
- 継続的デリバリー。実験や価値検証のループが迅速に回るよう設計されます。
MLG の文脈でのスクラムの特徴
- チームはマーケティングキャンペーン、コンテンツ制作、ファネル最適化(リード誘導)を扱うことがある
- 新機能リリースは、特定のマーケティングイベントやキャンペーンと紐づけられることもある
- スプリントレビューでは、キャンペーン成果、A/B テスト結果、リード獲得数などが議論の中心になる
- ステークホルダーとして、ブランドチームやマーケティング部門などが深く関与
SLG の文脈でのスクラムの特徴
- エンタープライズ仕様 (非機能要件、統合、セキュリティ、拡張性) に対する要件が強くなる
- 小さな実験や改善の繰り返しよりも、契約要件への応答性や顧客要望への適応が重視される傾向
- スプリントレビューでは、新機能のデモ、それに対するフィードバック、契約・提案内容、次の商談パイプラインなどが議論される
- 主要なステークホルダーには営業部門やアカウントマネージャーが含まれる
- このような文脈では、透明性を保ちつつ、営業・技術間のすり合わせやアラインメント (整合性) を取ることが重要になります。
まとめ:成長戦略が変えるのは 「価値の証拠」 と 「フィードバックループに関わるステークホルダー」
Scrum は、複雑性と不確実性の中で有効な枠組みです。そして、PLG/MLG/SLG のいずれの戦略でも通用します。違いが出るのは、次のような点です。
- 何をもって「価値の証拠 (evidence of value)」とみなすか
- PLG:ユーザー採用、利用データ、顧客の声
- MLG:キャンペーン成果、市場シグナル
- SLG:顧客満足、成約、契約成功
- どのステークホルダーがフィードバックループに関わるか
- PLG:ユーザー、プロダクト分析チームなど
- MLG:ブランドチーム、マーケティング部門など
- SLG:営業、アカウントマネージャーなど
スクラム自体は、「使えるインクリメントを提供 → 成果を検査 → 必要に応じて適応する」この繰り返しを手助けする枠組みです。しかし、実際にどのデータを優先的に見て、誰と対話し、どう調整していくかは、成長モデルによって最適解が変わってきます。